大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和36年(ワ)262号 判決 1964年5月22日

原告 山本やす

被告 岡田孫次郎

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は、原告に対し、金三百九十万六千七百五十円及び之に対する昭和三十八年九月十八日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払はなければならない、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、訴外岡田勘蔵は、千葉県市原郡五井町五井に居住し、海苔の養殖業を営み、訴外五井町五井漁業協同組合(以下、訴外組合という)の正組合員であつたものである。

二、然るところ、右訴外組合の地区内海面が、工業用地として千葉県によつて、埋立られることとなり、その為め、右訴外組合の組合員は、右海面に於て、漁業を営む権利を失ふに至ることとなつたので、千葉県は、昭和三十五年二月二十九日、右組合員各自に対し、各組合員がその権利を失ふことによつて蒙る損害の補償として、補償金の支払を為すことを約し、その結果、右訴外勘蔵は、千葉県から、金三百九十万六千七百五十円の補償金の支払を受ける権利を取得するに至つた。

三、而して、原告は、右訴外勘蔵の実子で、唯一人の相続人であるところ、同訴外人は、昭和三十五年九月二十七日、死亡したので、同訴外人の有した右権利は、相続によつて、原告が之を承継取得するに至つたものである。

四、仮に、前記補償金支払の決定が右訴外勘蔵の死亡後に為されたものであるとしても、それは、同訴外人が有した右訴外組合の組合員たるの地位に基くものであつて、その地位は、原告が、その唯一の相続人として、之を承継したのであるから、右補償金の支払を受ける権利は、原告に帰属し、原告がその権利者となつて居るものである。

五、然るところ、被告は、右訴外勘蔵が重病で臥床中であることを奇貨とし、同訴外人の甥で、被告の実兄である訴外岡田正一等と相謀り、右訴外勘蔵の不知の間に、勝手に、同訴外人と養子縁組を為す旨の養子縁組届書を作成し、昭和三十五年三月二十六日、之を五井町役場に提出して、その届出を為し、之によつて、戸籍にその旨の記載を為さしめ、右訴外人が死亡するや、その相続人であると称して、右訴外組合の組合員となり、右訴外人が有した地位の承継人として、右訴外組合を通じて、千葉県から、昭和三十六年三月二十日、右補償金の内金百九十万円の支払を受け、次いで、同年六月二十日、残金の支払を受ける為めの手続を了した。

六、併しながら、前記養子縁組の届出は、右訴外勘蔵の全く関知しないもので、同人不知の間に、被告等によつて、勝手に為されたものであるから、無効のそれであり、従つて、右届出に基く養子縁組は無効であり、被告は、右訴外人の子ではないのであるから、前記補償金の支払を受ける権利は、之を取得して居ないものである。

七、然るに拘らず、被告は、右訴外勘蔵の相続人であると称して、右補償金の支払を受けるに至つたものであるから、原告は、右訴外人の唯一の正当相続人として、被告に対し、被告が支払を受けた右補償金三百九十万六千七百五十円の返還を受ける権利を有するものである。

八、仍て、被告に対し、金三百九十万六千七百五十円及び之に対するその返還の請求を為した日の翌日である昭和三十八年九月十八日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の支払を命ずる判決を求める。

と述べ、

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項の事実は、之を認める。

二、同第二項の事実は、千葉県が訴外組合の組合員に対し、補償金支払の約定を為したのが、原告主張の日であること、及び訴外勘蔵が、之に基いて、原告主張の額の補償金の支払を受ける権利を取得したことは、共に、之を争ふが、その余の事実は、之を認める。

右約定が成立したのは、昭和三十六年三月二十日であり、又、被告は、右訴外勘蔵死亡後、右訴外組合の組合員となり得る資格を有する唯一の相続人として、右訴外組合の承認を得て、その組合員となり、右訴外勘蔵の持分を承継取得し、その後に於て、右補償金の支払を受ける約定が成立したものであるから、原告主張の額の補償金の支払を受ける権利を取得したものは、被告である。

三、同第三、四項の事実は、原告が訴外勘蔵の実子であること、及び同訴外人が昭和三十五年九月二十七日死亡したことは、之を争はないが、その余の事実は、之を争ふ。

右補償金の支払を受ける権利は、前記の通り、被告が、右訴外組合の組合員として、之を取得したものであつて、訴外勘蔵に於て、之を取得したものではないのであるから、原告が相続によつて、その権利を承継取得したと云ふ様なことはあり得ないものである。

四、同第五、六項の事実は、被告が、右訴外勘蔵と養子縁組を為して、その届出を了したこと、及び前記補償金の一部として、金百九十万円の支払を受けたことは、共に、之を認めるが、その余の事実は、全部、之を争ふ。

右養子縁組は、適法有効に成立したものであるから、被告は、右訴外人の正当な相続人である。

五、尚、原告は、右訴外勘蔵が有した右訴外組合の組合員たるの地位を、相続によつて、承継取得した旨を主張して居るのであるが、各訴外組合の組合員たり得る資格は、水産業協同組合法第十八条及び之に基く右訴外組合の定款第九条の規定によつて、その要件が定められて居るものであるところ、原告は、その資格の欠格者であつて、右訴外勘蔵の相続人として、右訴外組合の組合員となることの出来ないものであるから、原告は、右訴外人が有した右訴外組合の組合員たるの地位は之を承継することの出来ないものである。従つて、その地位を相続承継したことを理由とする原告の主張は、すべて理由のないものである。

と述べ、

原告訴訟代理人は、

被告の主張に対し、

一、訴外組合の組合員に対する損失補償については、千葉県から、訴外組合に対し、申入があり、同組合は、昭和三十五年二月二十九日、組合員の総会を招集し、同総会は、同日、その申入を受諾する旨を決定し、同時に、被補償者の範囲を同日現在に於ける組合員とすることを確定し、之に基いて、同県と交渉し、その結果、翌三十六年三月中に至り、各組合員に対する補償額が具体的に算出確定されるに至つたものであるから、右補償を受ける権利は、総会に於て、千葉県の申入を受諾した日である昭和三十五年二月二十九日に確定して居るものであり、従つて、右訴外勘蔵は、同日に於て、右補償を受ける権利を取得したことになるものである。

二、(イ)、而して、右訴外組合の組合員たる資格について、同組合は、その定款に於て、その地区内に住所を有し、且、一年の中九十日以上漁業を営み若くは之に従事して居ることを要件とする旨を定めで居るのであるが、右規定は、新たに組合員たる地位を取得するに際しての一般原則であつて、組合員であつた者の死亡によつてその地位を相続承継する場合に於ては、現実に右要件を充す必要はなく、組合員たる地位を承継するに当り、地域内に住所を移転し、又、九十日以上漁業を営み若くは之に従事する意思を有すれば足りるものであり、而して、原告は、右意思を有したものであるから、右訴外勘蔵の有した組合員たる地位を承継取得する資格を有したものであり、従つて、原告は、相続人として、当然に、右地位を承継し、之によつて、右訴外人の有した前記権利を承継取得するに至つたものである。

(ロ)、仮に右の様には解し得ないとするならば、右規定は、本件の様な場合に於ては、その適用がないものである、何となれば、右訴外勘蔵が死亡した当時に於ては、右訴外組合は、その地区内海面の埋立を承認し、以後、海苔の養殖を継続して行なふことは出来なくなつて居たのであるから、組合員の資格要件として、漁業を営むことを定めた水産業協同組合法及び前記定款の規定は、その適用の為さるべき社会的基盤を失つて居たものであり、而もかかる情況に於ては、組合員の有する地位は、漁業権の行使自体を目的とする地位ではなく、補償金の支払を受けることを目的とする財産的地位乃至権利となつて居るものであるから、その地位の承継については、右規定の適用はないものであり、従つて、原告は、右訴外勘蔵の唯一の相続人として、前記権利を承継取得して居るものである。

と述べた。

証拠<省略>

理由

一、原告が、訴外岡田勘蔵の実子であること、及び同訴外人が昭和三十五年九月二十七日死亡したことは、共に、当事者間に争がなく、而して、証人永島卯三郎の証言と弁論の全趣旨とを綜合すると、右訴外人は、その生前被告夫婦と養子縁組をなし、昭和三十五年三月二十六日、その旨の届出を了したことが認められるので、被告夫婦は、右訴外人の子であると云はなければならないものである。

原告は、その主張の理由によつて、右養子縁組が無効である旨を主張し、証人山本耕治は、原告の主張にそふ証言を為し、又、成立に争のない甲第三号証には、右訴外勘蔵の供述として、原告の主張に符合する供述記載があるのであるが、右証人の証言並に右甲第三号証の供述記載は、前顕永島証人の証言に照し、措信し難く、他に、原告主張の事実を認めるに足りる証拠はないのであるから、その主張の事実のあることは、之を認めるに由ないところであり、従つて、右養子縁組が原告主張の理由によつて無効である旨の原告の主張は、理由がないことに帰着する。

然る以上、右訴外勘蔵の相続人は、原告と被告夫婦の三名であると云はざるを得ないものである。

二、而して、成立に争のない甲第一号証、乙第一号証の一、二と弁論の全趣旨とによると、訴外組合が、水産業協同組合法に基く、法人たる出資組合であつて、市原郡五井町五井及びその附近をその地区とするものであること、及び前記訴外勘蔵が、右組合の組合員であつて、十八口の出資(出資一口五百円、計金九千円の出資)をしたものであることを認定することが出来る。

三、而して、右訴外勘蔵の死亡によつて、同訴外人の有した右訴外組合に対する払戻請求権は、前記組合法の規定によつて、前記三名に於て、之を相続承継したことになるものであるところ、証人岡本徳蔵の証言と成立に争のない乙第一号証の一、二と弁論の全趣旨とによると、被告は、右訴外人の死亡後、間もなく、右三名に於て相続承継した右持分払戻請求権の全部を、自己に於て、収得したとして、右訴外組合に対し、加入の申込を為し、同組合が之を承認して、被告が、その組合員となつたことが認められるので、被告は、之によつて、新に、右訴外組合の組合員となつたものであると云ひ得るのであるが、原告は、その承継取得した右持分払戻請求権に対する権利(相続分に対応する持分権)を被告に譲渡して居ないことが、原告の主張自体と証人山本耕治の証言とによつて認められるので、被告は、右請求権の全部は之を取得しなかつたものであると云はざるを得ないものであり、而して、右新規加入の組合員が右払戻請求権の全部を取得して居た場合に於ては、その被相続人の有した持分は、右新規加入者に於て之を取得したことになることは、右訴外組合の定款が之を規定するところであるから、若し、被告に於て、右払戻請求権の全部を取得して居たならば、被相続人である前記訴外勘蔵の持分を取得したこととなり、新規加入に伴ふ出資は、之を為すことを要しないことになるものであるところ、被告に於て、右払戻請求権の全部は之を取得して居なかつたことは、右の通りであるから、被告は、右訴外人の有した持分は、結局、之を取得することの出来ないものであり、従つて、被告は、新規加入に際し、出資を要するものであると云はざるを得ないものであり、然るところ、右訴外組合は、右定款の規定によつて、被告の組合加入を承認したのであるから、被告の新規加入に際しての出資口数は、右訴外人の有した出資口数の同口数の出資を予定して居たものであると解するのが相当であると云ふべく、従つて、被告は、新に組合員となると共に、右訴外勘蔵が為したと同一口数の出資義務を負ふに至つて居るものであると認めるのが相当であると認められるので、被告の組合加入については、承継関係は存在しないものであると云ふべく、而して、前記組合法の規定によると、組合員の死亡は、組合脱退の効果を生じ、組合員は、之によつて、当然に、組合員たるの地位を失ふに至るものであるから、組合員たる地位の承継と云ふ関係は生せず、唯、持分払戻請求権の承継関係が生ずるに至るだけであると解されるのであつて、(尤も、前記定款の規定による加入の場合は、被相続人の有した持分の収得と云う関係が生ずるが、それは、既に承継した持分払戻請求権が、持分に転化せしめられるだけであつて、その承継ではないと解するのが相当であると思料される)、これ等の点のあることを併せ考察すると、被告の組合加入は、前記訴外勘蔵の有した組合員たるの地位とは無関係であり、その地位との関係によつて生ずるところの持分払戻請求権の承継とも亦別個の関係であると云ふ外はなく、従つて、原告は、被告が組合員たる地位に基いて取得した権利関係については、何等の権利関係もないものであつて、被告に対し、権利関係のあるものは、被告の組合員たる地位とは無関係の持分払戻請求権についてのみであると云はざるを得ないものである。

四、而して、千葉県が、訴外組合の地区内海面を工業用地として埋立てるについて、同組合の組合員各自に対し、補償金の支払を為すことを約したことは、当事者間に争のないところであり、又、証人岡本徳蔵の証言によると、右補償金は、組合員が漁業を営み得なくなることに対する補償であつて、各組合員の将来の生活に対する一種の生活保障金であることが認められ、更に、右証人の証言によると、右補償金は、千葉県がその支払を約した当時に於ける組合員に対し、支払はれるものであることが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はなく、以上の事実によつて、之を観ると、千葉県は、その支払を約した当時に於ける右訴外組合の組合員に対し、右補償金の支払を為すことを約したものであると認め得られるので、右補償金の支払を受ける権利は、千葉県がその支払を約した当時に於ける組合員が、その地位に於て、之を取得したものであると云はざるを得ないものであり、而して、更に、右証人の証言によると、千葉県が右組合員名自に対し、補償金の支払を為すことを約したのは、昭和三十六年三月二十日であると認められ、この認定を動かすに足りる証拠はないのであるから、右同日に於て、右組合の組合員であつた者のみが、その地位に於て、右権利を取得したものであると云はざるを得ないものである。

而して、訴外勘蔵は、右の日の以前である昭和三十五年九月二十七日に死亡したことは、前記の通りであるから、右補償金の支払を受ける権利は、之を取得して居らず、被告は、その以前に、組合に加入し、右の日当時に於て、その組合員であつたことが明かであるから、被告は、被告自身が有する組合員としての地位に於て、右補償金の支払を受ける権利を取得したものであると云はなければならないものである。

原告は、右補償金支払の約定が成立したのは、右訴外勘蔵の死亡以前である昭和三十五年二月二十九日であるから、同訴外人は、右補償金の支払を受ける権利を取得して居るものであり、従つて、原告は、相続によつて、右権利を承継取得して居るものである旨を主張して居るけれども、右約定の成立した日が右の日であることを認めるに足りる証拠はないのであるから、それが、その日に成立したことを前提とする原告の右主張は、理由がなく、更に、原告は、千葉県が右訴外人の死亡後に於て、右補償金支払の決定を為したとしても、被告に対する関係に於ては、右訴外人の有した組合員たる地位に基くものであるところ、その地位を承継したものは、原告であるから、その支払を受ける権利は、原告に帰属して居るものである旨を主張して居るのであるが、被告は、被告自身の有する組合員たる地位に於て、右権利を取得したものであつて、その権利取得については、右訴外人が有した組合員たる地位とは無関係であることは、前記の通りであるから、原告の右主張も亦理由がない。

尚、原告は、千葉県が右補償金の支払を為すことを決定したのは、右訴外勘蔵の死亡前である前記の日であることを前提として、埋立の為された後に於ては、漁業を営むことは不可能になるのであつて、組合員たる地位は、右補償金の支払を受けることを目的とする財産権と化して居たものであるから、原告に於て相続により、当然、その権利を承継取得したものであると云ふ趣旨の主張を為して居るけれども、千葉県が右の日に於て右決定を為したことを認めるに足りる証拠のないことは、前記の通りであるから、原告の右主張も亦理由がないことに帰着する。

五、然る以上、原告は、被告が取得した前記補償金の支払を受ける権利については、全く無関係であつて、それについて、何等の権利関係をも有しないものであると判定せざるを得ないものであるから、右権利が原告に帰属するものであることを前提として為された原告の本訴請求が失当であることは、多言を要しないところである。

六、仍て、他の争点についての判断は、之を省略して、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例